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とうとう作った

いやはや、ここまで3年くらい音沙汰なかった。しかしながらこうしてまたブログをここで始めることになるとは思ってもいなかった。

 

 さて、私が何を言いたいかとかはどうでもいいし、どっちでも良い。しかしながら最近、ブログというものがもう古いもののように扱われていて心底落胆してしまう。が、ここは、何とか自分だけでも続けるべきではないかと思い今回の記事を書いた次第である。(決して暇人ではないんだがな←布石)

 

思えば、うごくメモ帳がでてもう10周年立つころだろうか(そんなに経ってない?)

あのころ、小学校の頃の方がネットには親しんでいた気がする。今は時間がないだけ、とは一概に言えないのである。大部分は、友達といわれる、そういえる人が少なくなったこと。つまりは純粋に話したりできる人がめっきり中学校を境にしていなくなったということである。これは宇宙の摂理ともいえるほど抗えない事柄なのだが。

 

 しかし、よくも10年でこんなに変わったなーとか。おもうわけだ。はてなブログは変わってなくて安心したんだがな。そろそろ2000年代のインターネットの歴史とか本にならないかなーとか思うわけだが、需要もないだろうし望めないことだろう。いつだってニッチは肩身が狭い、しかも周りにそういう人がいないのだから。

 

 さて、悲観的ともみられる?いやこれは自分からすればどうでもよいことなのだ。自然と染み出た言葉。長年インターネットとふれあってきた結果であろう。2003年に初めてインターネットに触り掲示板をみて、パソコンが壊れたりして、いろいろ困難があったなーと。かれこれ14年。しかしこれが19歳なんだよなまだ。こんな人って周りにいないんだよね絶対。だからこそ自分もうれしいのか、いやそんなことは無いのである。孤立のオンパレード、つらいことしかなかったーね。おそらくリア充という奴ではないほうの人たちに私は属している(現在完了進行形で。)

 

 雨が降るたびに外へ出たくなくなる。家に引きこもる。ネット漬けになる。ブログをやっていても小学生のころ楽しかったのは、まぎれもなく周りに友達がいたからだろう。高校から決定的に結構なものが変わってしまい、人生は急降下してしまったわけなんだがね。それも事故的なものだったし、どうしようもないものであった。要するに自分のレベルにあったところ云々よりも、金がないと東大には、頭のいい大学にはいけないということが分かっただけであった。結局学力そのものは金で解決できるんだよなぁ^(うつろな目)

 

 そろそろ、手もかじかんできて、自分の部屋(仮)からは隙間風が吹き込んでくる。高校の時に自分の部屋がなかったというのはやはり大きかったのだろうか。やり直せないと悟った瞬間から自分の生活、人生は始まるのだなと常々思う。鳥がうらやましいかも。いや、鳥。可愛くない?あのちっこいの。いやはや、至極の癒しだよありゃ。市街地だと何にも自然がないからね。せめてもの癒しなのだよね。ってことで、一回目は終了。誰も見ないことを祈るよ(怯)。見てほしいとは思わないもの。あなたが偶然目にしてしまうだけなのだからね。それは私からするとどうもしようがないことなの。